子ども部屋を与えてみてもその部屋を使わず

母さんの心の安定はもちろん一番大切なことです



自覚を持たせようとしてカめばカむほど
一人っ子は問題だとよくいわれます。
それじゃ次にもう一人生んで、きょうだいさえできれば問題がなくなるでしょうか。確かにきょうだいができれば、一人っ子の難しさからは逃れることができるでしょう。でも、二人、三人になれば、それはそれでまた別の難しさがありますね上がしっかりしていて、下がだめ、とか、上が頼りないのに、〈あることですね、きょうだいの違いというのが。
下がしゃっきりしているとか、よだめな方をよくしようと思って、な方がますますだめになっていく、親が力を入れたら、親のせっかくの意図や願いに反して、ということも多くて……。母さんたちによく心得てもらいたい。だめ親は、親なりの努力をしているのに、だめな方が一向によくならないで、むしろ余計に悪くなっていくような様子を見ていると、ついつい親同士で顔を見あわせて、どちらからいうともなく、愚痴のつき比べになってしまう。たとえば、父親が同じように生んで、同じように育てたのに、いつはいったい、だれに似たのかな生まれつきというものは、こわいものだよなあ。
あなんて、溜め息をついて。すると母親がほんとに、ねえ

おまえの方の家系に、だれかつまらないのがいたのだろう。

先生の態度にありますね

  • 子供を計るモノサシは二つあります。
  • 母親の手前
  • 子どもに伝えましょう


母さん自転車どういうの買ってくれるの?


子供に密着もっとデリケートちょうど私

なにをいってらっしゃるのよ。
いにするところなんか、と同じく溜め息その血をついだのかな?
とあなたのだらしなさに、あの子、そっくりよ。
なんでも他人のせあんたの血じゃないの気になりながら、揚句の果てに、夫婦げんか。
どうにもできないで、弱り果てる親達すぐだれに似たとかと、責めたりぼやいたりするのは、ても、よくなりはしません。
責任転嫁もいいところで、いくらぼやい一般に、きょうだいの、上の方が下よりも往々にして、親の期待通りには育たないということが多いのですが、問題のひとつはこういうところにあります。
つまり、上の子に、上だという自覚を持たせてしっかりさせようとして、ヨシトは、お兄ちゃんでしょとか、ミオ、おまえはお姉ちゃんなのだから
ねえと、よくいうでしょ。

経験のしからしむるところ

あれです。
あれが、結構、逆効果になっていることが多いのですね。
年上だから、その自覚を持ちなさい、と教えているつもりでも、子は、実際に自分が年上らしいところを認めてもらえて、「よーし、どうも意味がのみ込めない。
そう。
それでいいのだ」
と分からせてでももらわない限りアツオはお兄ちゃんでしょ。
弟をいじめて嬉しいの?
ねえ、やめなさいよさハハハハ、へへへへと、笑いふざけて、いやがるジロウの毛をひっぱり、平手で顔を叩き、ボールを奪い取って、あらぬ方へぼいんと投げ捨て、からみついてくる弟を、足を引っかけて横倒しにして、兄のアツオは、逃げていきます。
泣きわめきながら、ジロウはお母さんの懐へ、とび込んで、一層泣き声を高めます。
お兄ちゃん!いらっしゃいっ。ねえ、これツ。おに·い·ちゃんツ
明けても暮れてもこんな風。お母さんが、いってもいっても、まるで耳を貸さずに、六歳のアッオは、三歳のジロウのいやがることばかりして、ヘラヘラ笑っている。


子どもはこうして覚えていきます。

高校生に育っていきました。

心になんのやましさもない
ようなのでどうしてこんなに悪いのかと、母親は心を痛め、折あらばとことん思い知らせなきゃと力んでしまっている。ところが、六歳児の機敏さ。なかなか掴まらないのですね。

また、お兄ちゃん、叩いたァ!
ジロウが、一日何回お母さんに訴えてくることか。
そのたびに反射的に、お兄ちゃん
いらっしゃいツ

と、お母さんは叱り声を発するものの、身を構えてもはや全然効きめなし。
います。
親が追っかけてくるなら、どこへでも逃げてっちやうよ、と、アツオは、まるで親と子で、鬼ごっこの気分。

冗談じゃないわよ。ジロウのおでこにこぶができてるよ。
なんでそんなにいじめるの?
親がいらだてばいらだつほど、兄のアツオには、より夢中のごっこ遊びになっていきます。ところがです。


先生も社会全体

見たところ、おもしろそうにやっているようでも、ほんとのところはアツオ自身の心の奥にも、お母さんのいらだちと匹敵するいらだちが、ね。渦巻いているのですよそれが、普通、母親には見抜けません。無理もない。育児の経験が今はじまったばかりのお母さん役。子どもの心を、鋭く洞察する力が備わっていないのは当り前というものでしょう。
人間の心の動きを力学的にとらえてみる
そんな次第で、上の子は、家ではしたい放題をやっているようですのに、実は、心のうちではやりたいだけやって充分満足、というのでもないのです。


母さんたちによく心得てもらいたい。 母の教えをありがたいものに思う。 子どもは自分の気持ちをコントロールできず