先生になるのだという自覚もない。

しつけをするのはきちんとした着物を縫うためです。

幼稚園における幼児の行動を観察した研究による
それが、第一反抗期の意味なのです。
でも、それでは結局、いっときの満足で、いつまでもの満足にはならない、という、てしまえば、なんでもいやの時期は、やがて、自然と終ってしまうものです。
学習ができなんでもいやという子を、大変だ、素直な返事をさせようとやっきになれば、こんなわがまま、放っておけないと思い、なんとかして子どもは逆に、いよいよ反抗的になりかねません。
そういうとき、子どもが、いやとまたしてもいうのを聞いて、
なんと憎らしいと思うでしょう。でも、わが子を憎らしい!

教育熱とやらもまゆつばものである。
と思ってしまえば、子育ては、たちまち浅瀬に乗りあげて、
順調な航海が到底続けられないということになりますねなんでもいや
えなきゃ。そして、というのを見ていて、わー、まさに反抗期。順調な育ち友いや!に対する、大人の対応のしかたを、工夫しなきゃあ。
可愛い!
と思
素直さを、うまく引き出していくためには
さあ、ごはんよーと思わず、食事の準備ができたので、キョウイチを呼ぶと食べないもン!と、今はまさに反抗期の、例の反対ことばが返ってきました。
このとき、どうして食べないのよ!と、いらだったりすると、だって食べないもん!と、反対のための反対が、もっと勢いよく返ってきます。
ほんとうに、食べないのね!?

個性を包含

と、お母さんがいらだっていいます。反復的にキョウイチは、
ほんとうに、食べないよー!
それじゃ、片付けてしまうよ。いいのね!
いいよーと、反射的に答えたものの、反抗のおもしろい時期だから、つい反射的に反抗しているわけで、本当におなかがすいていなくて、絶対に食べられないから食べたくないというわけでもないため、いいよ!ということばが、今や、すこーし、うつろです。それで、ついお母さんが、見透かしたように、バカにしたように
ほんとうは、おなかがすいてるンじゃないのよ。強がりばかりいって。どうして反対ばかりいうのよこんな質問は、心理学者にすべきですよ。子どもに答えさせるのは無理。

子どもをほめることが苦手という人子ども同士自由な遊びを展開してわれを忘れて夢中反抗期の意味を、子どもが解説できるわけがない。
素直じゃないわね。もとのキョウイチはどこへ行ってしまったのよキョウイチは、ここにいますよ今、目の前のキョウイチが、もとのキョウイチですよ。母親がそんな変なことをいったら、反抗期の反対の真っ只中で、子どもが不安になるばかり
ねえ、お願いだから、ご飯を食べてよ。親に従いなさい。もっと素直に。
ほんとに片付けるわよ。いいのね。いいのね。あとでほしい、食べるったって、ねえ、もう食べさせないからね。
いいのね子どもは、もはや引きつった声でいいよ。

学校なのだ

片付けていいよ。食べないでいいよ
なんだか気持の奥を認めてもらえない不満が、そうして反対をし続けながらも、つのる一方。

もう。冗談はよしなさい。ほんとに片付けてしまったら、困るのはキョウイチでしょうが冗談じゃないよ!冗談いうな!これは、子どもの本気の叫び声!なにいってンのよ。あンたが、冗談でしょうが!親は、子の叫びの真意が分からないやかましいワイ
まあ、四歳で、親に反抗!

いうな!なんにも!!

いわせるのは、だれなのよ。今頃から、こんなにわがままでは先が思いやられる!
それこそ、親がこんな対応を繰り返していたら、先が、まさに思いやられます反抗期の子どもの反抗には、もっとあっけらかんと、対応するのです。
さあ、ご飯よー

食べないもああ!

育てられます。

キョウイチ、食べないのかね

ああ、食べないも食べないのなら、しかたがないわねこれは、皮肉でなく、しっとり自然に、食べないもン、ね
じゃ、とりあえず、片付けるといったかと思うと、親は、思い入れも、素直にしっかり
ためらいもなく、さらさらと、お茶碗を片付け、おなべを片付け、すべて片付け、といった向きへの動き。
それを見て、それこそ、その動きに対して、さっと機敏に、親の行いへの新たな反対行動をとら
なければ、と、さっと反応するわけ。
身も心も、お茶碗を片付けようとそちらを向いている脇のところに、お母さんが、いつの間にかキョウイチくん、きちんと坐っていておハシ、ないじゃないか!
といっています。

      子どもについての相談を受けたときに私
      先生自分の息子は本当にかわいいと思う。
      母の姿を現した面があります。


子ども同士自由な遊びを展開してわれを忘れて夢中 母親というのが特別ではなくなっている様子です。 中学生と福岡県

成長するのです。

母さんがおっしゃったことばを覚えていらっ伺います

母親から怖がられて非難されて
大人の小さくなった消しゴム、散らかった小片。椅子が動いていて歩き廻った形跡舞い落ちている白紙の宿題。さっと状況を察して、母親は、どうしてさっと宿題のプリント1枚ができないのとあせって咎めてしまわずに、心の中で、ゆとり、ゆとり。こんな風に思ってやる。
あふれてくるのね。
この子、好奇心の天使が心のああ、したいこと、感じたいことが、中に住んでいるのだわ、きっとと。
次々と、その天使があばれ廻って、中から突き動かしているのだわ。この子自身が、い思いも持っているに違いないと。

いじめをしていた陽太も正真正銘の本当の陽太
そう思ってやるのですよ、この一瞬に。
おそらくやりきれなそして、アハハハとはじめ快活に、おもしろくての笑いだのにやがて子のやりきれなさに添うていくいささか情ない苦笑いに転じて。そのお母さんの笑いの変化。子ども、聴くよそして、さっと。さっと。静かに真顔に戻ってハイッと、落ちたプリントに目をやったら、その真顔さに魅かれたケンイチは、思わず誘導されて動くロボットさながら、母親の意図の通りに、プリントを拾って、咎める、けなす、あせる、ただただ、親がさっさと、机の上に広げなおすでしょう。

子ども自身も身体

いらだつ、罵倒機敏でイキがよければし抜く。.。....一切要らないですね、こういうとき。
すっと突っ立って、脇から、ケンイチの広げたプリントに、て、母親の視点が、プリントから動かない。
シャキッと焦点を合わせて、見つめ48まだまとまりの湧いて来ないケンイチは、横にじっと動かないお母さんが気になって、すぐ目の横のスカートから白いブラウスの胸。その上の鼻の穴が二つ黒々に見えて、その上の目。お母さんの目が一点に注がれている。動かない目線をたどると、自分の前に広げたプリントの、最初のリンカンガッコウというカタカナ。ア、
林間学校だよな。ぐっと強く鉛筆を握っていて、ケンイチは、白いマス目ひとつひとつに、林.]……と書き入れていく。次はなにななんだ青空じゃないか。こんなの書けるよ。シンブンシ?新聞紙だよな。

中学二年だ母親というのが特別ではなくなっている様子です。お母さんの心と体のエネルギーが、すーっとプリントを見つめる、というひとつのしごとに集中しているのをケンイチくんは、体全体で感じて受けて、するといつしか、考えが湧くというよりも、気持がついそちらに集中し、たちまちのうちに、書き取りの宿題にその一瞬、没頭してしまっているってわけ。
で、やり終って途端に、お母さんが、ぐたぐたと文句をいうかと思いきや、全く、反対アオゾラ?

おツ。ケンの早技ツ。やる13と、明るく風船が裂けたようにいったので、つい、ケンイチくんも、テンポに乗って、
算数だって、オレのハヤワザーッ!と叫んで、椅子の上に一度上って、ぽいんと飛び降りて、カバンの中から、算数の教科書とノートを出して来て、あっという間に、算数も勢いづいて、に気をつけて
集中の流れに入ったのを見て、お母さんは、
外に出たらば、信号、信号。

父親にあこがれた。

赤信号と歌うようにいいながら、台所の方へ戻りはじめ、するとケンイチは、「そんなことは、あと、あと、まだあと。ほら、3のは、24掛ける15と。これを足すんだ。ええとえぇっと、えっとえっと。ほいほいこれででき上り。なに?ソガくんは、買いものに行きました?ああ、まず最初に、足しちゃえば、と。そして、ね。ほらりほらほらちらほらリチさーん」
にわかに大声で、母親に声を向け
もうあと、ね、三題で終り!

両親や教師

いつの間に、またこちらへ来ていたのか、やるときややるんだ、なア、セガレ
すぐ脇で、お母さんが、と侍のセリフじみていえば、ケンイチもその気になって、う、ハハウエドノー
と返します
遊びが遊びを生んでいつも部屋中いっぱい
うつとおしくいって聞かすと、いって聞かせた内容は、少しも伝わらないで、うつとおしさだけが、確実に伝わってしまう、やる気のない子に向かって、ということ。
大いにあるのですね親のやっていることって、ほとんどそればかりみたい。
次に、ショウちゃんは六歳。幼稚園から帰って来ると、とてもじっとはしていません。もう、夢中に遊んで、いつの間にか、こっちに怪獣がいっぱい。向うにミニカーが全部並んでいる。絵本はあっちこっちに開いたまンま。お父さんの部屋の中まで電車の線路は入り込んでいます。
お母さんは、ひとつの遊びをしたら、ちゃんと片付けてから、次の遊びへ入っていく、つけを、どうでもしたくてならないのですが、いくらいっても、聞こうとしません。

      高校生がわ
      母さんは何もわかっていないくせに…
      教育のためなら何でもすると親たちは言う。


母親というのが特別ではなくなっている様子です。 子どもを抱き込み続けて 子どもなのにどうして小さいのでしょう